たけちゅさん宅

たけちゅが思ったこと、したこと、つれづれなるままに

否定するコト。

「建設的な発言」という言葉がある。
要するに「反発するな」という言葉を言い換えただけのご都合主義の言葉だと思っている。
つまり私が嫌いな言葉である。

そもそも。
お上に反発することを良しとしない。
あるいは、同じ集落内で周りの空気に流されていることを良しとする。
そのような文化が存在しているように思う。
その結果として。
反発を良しとしない文化が育まれてきているのではないだろうか。

しかし。建設的な発言を求めるような「議題」そのものの正当性あるいは妥当性の議論が欠けていては話にならないはず。日本人はそれを本質的に理解していない。頭を使っていない下等生物だと謂われても致し方ないように思う。



こう思ったきっかけは戦中の「防空法」についての記事を見たことである。NHKの朝ドラがきっかけのようであるが。「防空法」によって逃避行動を違法とされた件の可笑しさについての記事であった。
愚かすぎるだろう、と。
だが、よく考えれば、東北大地震をきっかけにした原発問題なども現代では引き起こされていて、愚かさでは70年前と大差がないように思える。

そもそも選挙。親が議員をしていたから、その人に投票するというような、頭を使っていない猿が多いことが非常に残念に思う。そのような悪質な文化が、最終的に自分たちの首を締めていることを70年前に実感したはずなのに、相変わらずなあたり、日本人はもう一度、痛い目を見るべきなのだろうか。あるいは、学習できないのだからもう滅びても仕方ないのか。


何にせよ。
否定するコトも大事。
なぜなら方向が間違ったまま突き進んでも、目的地にはつかないからだ。