たけちゅさん宅

たけちゅが思ったこと、したこと、つれづれなるままに

糞を見る大人、金魚を見る子ども。

興味のある記事があったので手にとった「応用物理」という学会誌の1月号。
その「応用物理」誌にノーベル賞受賞記念で寄稿されている天野先生の話に驚愕した。
1987年の応用物理学会名古屋大学での発表にて、天野先生、赤崎先生、座長、他1名のみだったそうな。発表する材料が注目されていなかった、と。

"役に立たない"基礎科学が大事なワケ | 日本のカガク | 東洋経済オンライン | 新世代リーダーのためのビジネスサイト
東洋経済オンラインに昨年8月に載っていた「基礎科学」が役立つのか、という話を思い出した。
研究者ですら、上述の天野先生のようなのだから、一般のメディアの人から小柴先生に「その成果は、将来、何かの役に立つのか」と質問が出るのは当然なんだろうな、と思った。



子どもはよく「なぜ?」と問う。その「なぜ?」がなくなった瞬間というのが、現代定義されている「大人」、実用性一点張りで、それでしか生きることができない生命体のことなのではないだろうか、と思った。
基礎科学は純粋に「なぜ?」という疑問と、それへの解答だけなのだと思う。一方で、実用性というのは、金魚の糞のごとく、基礎科学という金魚から出てくるものなのじゃないか、と思う。
「大人」というのは糞しか見ない生き物なんだろうね。