たけちゅさん宅

たけちゅが思ったこと、したこと、つれづれなるままに

バベルの塔後の世界1

ヒトはどのようにして他のヒトを認識しているのだろうか。
と、思った。
そこには言葉が大きく関わっているのではないだろうか、と。


ふと旧約聖書の創世記、バベルの塔の話を思い出した。

神より与えられた力を使って神に到達するために巨大な塔を建築する。しかし、それに怒りを覚えた神によって、同じ言語を使えなくさせられた。そして、その結果、人々は世界に散り散りになったという話(だと認識している)。


ヒトは同じ言葉を使わない限り、きっと仲間として認識してもらえないのだろう、と思う。それは言語レベルでもそうだが、語彙のレベルでも同じものを使わないと、仲間にならないのだろう。
では、その限界を越えることはできないのだろうか。
それこそ神を越えることなのだろうか。