たけちゅさん宅

たけちゅが思ったこと、したこと、つれづれなるままに

世界の端と魔女裁判、ときどき現代。

中世から現代まで結局、変わっていないんだな、と思った。

きっかけ

チェコ好き)さんの一年前くらいのblog記事。
本好きにとっての隠れた穴場を発見です! - (チェコ好き)の日記

そこで出ていた「天動説の絵本」という本の紹介にて。

この本は、世界がまだ、地動説ではなく天動説を信じていたころ……
中世の価値観を、小学生でもわかるように、表現した絵本です。

(中略)

中世の人々は、世界は平面だと信じていました。
なので、船で「世界の端っこ」まで行ったら、端から落ちてしまうんじゃないか……
と、考えていました。

(中略)

中世の人々は、「知らない」ことによって、魔女裁判を行なったり、
ペストを「ユダヤ人が毒をばらまいてる」といって、おかしな恐怖に怯えたりしたわけですが、

と。
これを見て、ふと思った次第。


「見えるもの」しか信じない。

中世の世界観(地球平面説)とか、魔女裁判は知識として知っていました。
「それはそれ」であって、特に意識したことはなかった。

科学のお勉強を大学院にまで進学して、人はいつまでたっても「見えるもの」しか信じないんだな、ということを改めて思った。

世界の端っこを見たことがないから、地球が平面であると信じて、それが事実であった。
だが、航海術によって、マゼラン一行が世界を一周して、地球平面説がついに破られた。
航海術(=羅針盤など、つまり科学)の発展がそこに寄与している。


「科学は何の役に立つのか」という問い

「研究をしている」と話すと、何の研究しているの?そして、役に立つの?と、問われる。
結論からいえば、役に立つ。

そもそも私たちの持っている「常識」は、本当に「常識」なのか疑わしい。
これは、先の天動説 vs 地動説からも明白である。そして、その「常識」は時として、単なる仮説であったものが流布され、「常識」となっていることが往々にしてある。
その仮説をきちんと検証しなおすことが科学であると思う。
そして、その結果は「常識」を塗り替える。
その一点のみで、役に立つと言っても良いのではないだろうか。

ここで、中世の時代に戻り、ペストの流行っている中で「生きる」ことを望むか?と問えば、否であろう。これは「ペストの感染経路」などの事実がわかったことで、羅患する可能性が現代の方が低いから現代を望んでいるわけで。これもすべて科学のおかげであろう。
科学が必ずしも表立って役立っているかは不明であるが、生きていることは、まさに科学の成果であり、よって役立つと思う。

However

しかし、それでもなお、現代でも「疑わしい常識」が広がっていることが見受けられる。
twitterによる拡散情報がその最たるもの。
魔女裁判に近いものが、twitterでは起こっている。

科学は足が遅く、技術には追いつかなくなっているのではないだろうか。


ただ、結局、根底として、私たちは見えるものしか信じれない、という一点で、中世から何も進歩していないのだろう。