たけちゅさん宅

たけちゅが思ったこと、したこと、つれづれなるままに

「謝罪」について。

朝日新聞社が謝罪した。
なにに謝罪をして、なぜ謝罪をするのだろうか。
謝罪をすることで、いったいどの層に許されようとしているのか。
で、実際に許されるのか。

日本の企業人トップがよく頭を下げる。
しかし、その所作にいったい何の価値があるのか。
個人的には意味はないと思っている。

例えば朝日新聞社の件であれば、「海外メディアに誤解を生んだ」ということで頭を下げたりしている。

では、頭を下げて、その誤解が解けるとでも思っているのだろうか。

それが例えば、海外メディアを通じて向こう側の人間に伝わるとでも思っているのだろうか。
だとしたら、それは傲慢以外の何者でもない。
それを伝えるか、伝えないかは向こうのメディアの問題で、誤解を生んだであろうメディアの向こう側にいる層に対してきちんと伝えることが課題なのではないか。



何よりも。

今後、どのような解決策を考えているのか。
具体的に提示できていない。
そこに大きな問題がある。

とりあえず謝っとけばいいか、という国民を馬鹿にする態度。
(そして、それを許す馬鹿な国民という構図)
謝罪で許される/許すは思考停止以外の何者でもない。
すごく幼稚な行為でしかない。
なぜなら、そこに何ら具体的な解決策が盛り込まれていないから。

「今後、考えていく」というのは、池上氏が言っているように、もうすでに遅れている。



トップがこの程度であれば、そこの人間も所詮、その程度の人間なのだろうか、と思う*1。
そもそも何も解決していないのに、謝罪だけで解決した気でいるコト自体が問題ありなのに、未だに勘違いしている人間しかいないこともどうかしている。



1*企業にいる人間なんてのは、どうせそのようなものだろう、と思っている。