たけちゅさん宅

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動物実験反対もまた人類のエゴなり。

博物館での死体解剖イベント、中止!
博物館での死体解剖イベント、中止となる! | NPO法人 動物実験の廃止を求める会(JAVA)


個人的には、残念である。

反対意見として。
命があったものだから~、と言ったものが目立つ。

しかし、その意見を持つ人は「ヒトだけの社会」で生きているからこそ、そう思っているだけで。大多数の命は、他の命にトドメをさして糧としている。命は大切だ、というのは一部の人類の単なるエゴである。そして、命が大切だというのが真理なのであれば、殺人なんてのは起こりえない。しかし、実際には殺人は起こっているのだから、それは真理なのではない。


この団体が、まったく検証もせず、穿った見方でのみ反対している行為の方がよっぽど野蛮に思えてしょうがない。それこそ、殺菌消毒は、菌類という動物を殺戮する行為なのであるから、それに対しても反対を表明するのか。そこに反対しないのであれば、動物と菌類の違いはどこにあるのか、と。

彼らの意見は、命は尊いものと言っているように思えるが、ただ単に命に差がある、と言っているだけで。それがなぜ尊いになるのか不明。


死体の利用=殺した行為の容認。

殺した行為を容認している、というのはこの団体の穿った見方に基づくものである。
実際に、そうなのか検証がなされていない。

犠牲になる動物をなくす努力をしなくなる

それよりも先に、同種であるヒトの殺戮を止めたらどうだろうか、と思ってしまうが。
こちらもまた穿った見方に基づいた意見で、まったく検証がなされていない。

検体制度とは明らかに異なる

動物の意志は確認できないのだから飼い主が代理で意志確認をしているから、検体は容認と。
しかし、そもそも飼い主たるヒトが勝手に「飼いたい」と思っているわけで、そこに動物の意志など介在しない。その事実を無視して、一方的に本件と検体は異なる、と言っているのは論理の飛躍だ。

解剖では命の大切さは学べない

命を構成する要素を分解して、そして再構成することもまた理解の一助になる。
そして科学の真髄の一つはそれだと私は思う。
そもそも本件は、命の大切さを教えるものではない。「命」についての科学的試みの一つなのだ。
くだらない非科学論を持ち込んでいる時点で、ダメ。

知識を身につけさせるなら、代替法で

3D模型はしょせん模型だ。シミュレーションにせよ、しょせん模型だ。
そこには、生命の持つ個体差が表現されることは、いっさいない。
例えば、モデル化によって簡素化した上で理解して構築していくアプローチなら、その方が有用なのだろうが。それは専門的な研究での話。
本件は、非研究者を対象としているのだから、それは違うだろう。



一方的に、動物の権利がどうのこうの、と言うが。
それは人類のエゴにすぎないわけで、それは「正義」ではないことをきちんと考えてほしいものだ。

科学に対して、非科学で話をするな、と。