たけちゅさん宅

たけちゅが思ったこと、したこと、つれづれなるままに

Journal Club(文献会)について思う徒然。

理系のLab.だと、よくある(はずの)ジャーナルクラブ。
当研究室では「文献会」と呼んでいる。
要するに、担当者が文献を読んでその解説をして、他のLab.メンバーからの質疑応答に答えるゼミみたいなもの。

このジャーナルクラブ(文献会)について、いろいろ思うところを書いてみる。

日本語に訳さないとダメ?

よく見るのが、全訳をしてから、資料を作る人。
昔からすごく無駄に思えてきた、そしてその行為を拒んできた。

先輩が特に強制する人ではなく、自由にさせてくれる人だったから、よかった。
けど、全訳を作る人で、全訳を強制されていたら、破裂していだろう、と。
そして、これまでわざわざ全訳を作る作業をしたことはない。

最初のうちは、それなりに苦労した。
しかし、論文の構造がわかってきた頃から、苦労がとてつもなく減った。

(以下、生物系だけかも)
Abstractを読んで、keywordだけ抜いて、そのうち意味がわかりにくそうなものをどう説明するのか、をIntroductionから引っ張ってくる。次に、Material and Methodは最小限(resultsの説明に必要な分だけ)でよいので、私は一番最後にResultの前に補助的にちょこっとつける程度。そして、Resultの項目はFigureの説明に終始する。FigureにResultのすべてが現れているから。
私は生物物理の分野なので、数式も適度に出てくる。
そのときには、FigureだけでなくTableが出てくる。そして、数式の意味を説明(主に次元・単位)してから、Tableの結果をどう読むのか、を説明する。
最後に、Conclusionで締める。

という形で資料を作っている。
全訳が必要だと感じるのは、ResultかDiscussionくらい。マテメソなんて、Resultで「?」が出たところだけを読めば十分である。


昨年、後輩くんに文献会に備えて全訳をまず作ったので見てください、と言われた。
しかし、何を言いたいのか、よくわからないままダラダラ日本語書いていただけなので、結局、拒否した。そして、「それより資料つくってよ」と。いちいち、日本語全訳を減る意味がまったくわからないのだよ。

アメリカだと英語でやるんだぞ

ジャーナルクラブ。別に日本のLab.だけの文化じゃない。
海外。それこそ英語圏のアメリカでも行われている。

ジャーナルクラブ - アメリカポスドクの歩き方
ジャーナルクラブ続き - アメリカポスドクの歩き方

その場合、「英語論文」を「英語」で説明するわけだ。
つまり、日本語全訳などを経ることなくとも、絶対にできるわけなんだよ。

論文作りの骨

そんな強く思うようになったのは、博士進学を決めてから。
それまでは義務的で嫌だと感じていた。
義務。私はすごく嫌い。

しかし、論文を仕上げることを意識した時に、論文構成・作り方なんてのを考える際の参考として、他の文献を読み込むことが重要だと痛感するようになった。

そして、Reviewerになった気分で読む。評価する。
そうすると、結構、怪しいデータ載せた論文がちらほら見つかる。
「なんでだよ」と。
あるいは、マテメソに書いてるのに、そのMaterialを使った結果が載っていないときに、「あっ、うまくいってないんだな」と感じれるようになってきた。

逆に言えば。
Reviewerはこう読むだろうから、と考えてDatesを整理できる。

そういう力を身につけるための機会として、文献会(ジャーナルクラブ)は有用だと考えている。