たけちゅさん宅

たけちゅが思ったこと、したこと、つれづれなるままに

階級社会。

車窓から見えた灰色の町工場を見て、ふと思った。
近い未来。このような職場はすべてComputerに代わってもらうほうが、安全かつ効率的になるんだろうな、と。

その日の昼食には、とある牛丼屋に入った。
そこでは、学生アルバイターに見える若者が働いていた。しかし、ぺちゃくちゃしゃべりながら働いていた。「お冷」のアレ(名前喪失)が空っぽのまま。客に何度も「おひや入れてくれ」と言われている。これも、Computerに代われば、最適解としてアレにお冷を満たす行為をとるだろう。このヒトの不完全性を越えるという点から、いずれここもComputerに代わるんだろうな、と思った。

そして、その日の電車で、土方系の若者を見た。イヤホンから漏れる爆音が、いかにも感を出す若者。俗にいう3Kを地で行くこの職種も、いずれComputerに代わるのだろうな、と。


そういうことを考えていると、いつも思い出すのが、古代ギリシャ社会。
奴隷が「仕事」をして、自由市民が「哲学」をする社会。
この奴隷がすべてComputerへ置換した社会が、近未来の地球になるのではないだろうか、と。



そうすると、Computerに代わられる「ヒト」はいったいどこで資本主義を生き抜けばいいのか、という疑問が浮かぶ。。。

1つは、支配者によるヒト狩りの獲物になる。悠久の時間を思索だけで生きていけるわけではない。そうすると、動物狩りの一つとしてヒト狩りが横行するのではないだろうか、と思った。ローマ帝国のコロッセウムをもちろん想定。
ヒトはその生存に必要な労働力を満たす以上に、その頭数を増やしている。
と、思っていますが。ここに、Computerという奴隷が加わると、ますますヒトの頭数は無駄が増える。適正化する方法の一つとして、ありえるように思える。

もう1つは、経済主義の変化。
貨幣をすべて撤廃させる。
Computerを作り、Computerを直すのも、すべてComputerにさせてしまう。
「食」がほしければ、そこにあるモノを食べればいい社会。
そのための課題の一つに、電気が思い浮かぶ。
電気は、電子という粒子を運搬する必要があるエネルギーだけに、利便性がすごく低い。
一方で、ヒトは電気を使わなくても、動ける。
ここの差を埋める必要が、今のComputerにはある。
災害時にヒトはその生活を維持できなくなる。



この考えを、物語にするのがライターで、現実にするのがエンジニアであるとすれば、そのどちらも、支配者になれるだろう。悠久の時間を埋める機会を与える前者と、悠久を生み出す後者。しかし、その恩恵を受けるだけの者はヒト狩りの対象になるしか、ないのだろうか。。。