たけちゅさん宅

たけちゅが思ったこと、したこと、つれづれなるままに

科学教育について、chikirin blog批判者への提案。

アルファブロガーのChikirin氏が「理科教育」についての意見を書いていらっしゃる。

http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20140225

要約すれば。
・3割の人(理数が好き)には早い時期から、思う存分教える(専門教育)
・7割の人には生活者として生きていける知識を教える(教養教育)
そのために、理科と数学について習熟度別授業にしよう。
という提案である。


★★★


さて、博士課程に進学するほどの理系人間の私。
レゴ大好きで想像力をはぐくんで、昆虫大好きで生物の魅力にとりつかれ、元素周期表の美にとりつかれてから化学大好きになり・・・と、理科が本当に好きだった。そして、そういう人というのは情報を欲するから、いろんなところから情報を得ようとする。だから、教えてもらう必要性はない、と言うのが私の意見。

むしろ、考えて動く時間を与えてあげるべきだと思う。

「効率」だけを考えれば、明らかに悪いんだろうけど。
しかし、それが科学的思考というものに繋がっていくのではないだろうか。


★★★


そして、もうひとつ。
大学入学以来一貫して、個別指導塾の講師をしてきた。(正確にはいろいろ渡り歩いてきたけど)
その過程で300人くらいの子どもを見てきた。

数学・理科が好きなんだろうな、と思えた子は10人くらいいる。
(※個別指導塾は、勉強が嫌な子のためにある、と思っている。だから、chikirin氏の語るの3割には遠く及ばないのも致し方ないのか・・・)

けど、そんな彼ら・彼女らはやっぱり自分で情報を得ようとしていた。こちらから教えるというより、聞いてくる形が多かった。だから、やはり教えてもらう必要はない、と強く確信している。


★★★


では、教師は何をなすべきか。
専門教育においては、道具(本なり、数式なり、化学式なり)を与えたら、あとは本人の自由にさせたらいいのではないか。そして、習熟度は「発表」という形式で行わせて、評価すればいいのではないか。
つまり、道具を与えたら、あとは発表まで、何もしない。
これが科学専門教育の一つではないか、と思うわけです。


chikirin氏の興味も能力もない人間に、科学教育を施す必要はない、という意見には賛成。
一方で、それは子どもの可能性を潰すという反論がちらほら見受けられる。

では、どうすればいいか。
子どもにどちらかを選ばせたらいい、と思うわけです。

1.教養教育としての科学=座学を受けて、筆記テストで点とればいいよ。評価法はこれまで通り。
2.専門教育としての科学=疑問に思ったことを自由に調べる。評価法は「発表」のみ。そして、いかに先生をビックリさせたか、という点で評価を行う。アイデア勝負でも、調査法勝負でも、結果勝負でも、なんでもいい。ただ一点、いかに大人をビックリさせるか。

子どもに選択させられるのか・・・という意見があるだろうが、本当に理科が好きな子ならば後者を選ぶ。私だったら、そうするから。


★★★


科学研究というのは、疑問から始まるというのが個人的な意見。その素養を養う機会をぜひ初等教育には取り入れてもらいたい。それが、科学立国に繋がるのではないか、と思うからである。


とりあえず、締めは。

そんじゃーね。でいいのかな。