たけちゅさん宅

たけちゅが思ったこと、したこと、つれづれなるままに

他者を信じない私。

先日。友人がiPhoneの買い替えをするにあたって、手伝った。
iCloudとアドレス帳移動などを技術面をすべて請け負った。
その友人のiPhone4S自体は下取りで買い取ってもらえることになっていた。
しかし、データ削除に際して、4桁の暗証番号がわからず仕舞。合計10回失敗すれば全データが消えるということだったが、失敗する度に待機時間が増えるので、7回目程度であきらめた。
あとはお店側にまかせることにした友人。

しかし、私自身はその店員さんを信用していなかった。詳細に言えば、その店員さんが一顧客に対して、閉店ギリギリの時間でそこまでの行為(10回まで失敗してデータを全デリートする)をするとは思わなかった。そういう点において、信用をしていなかった。
なので、単に技術面のサポートに徹すべきだったのに、少し口出しをしてしまった。セールストークをする店員さんの笑顔をあまり信頼できず。だけど、自分の問題ではないので、すぐに引き下がることにした。。。


★★★


その出来事があった。
いつから私は人を信じなくなったのだろうか、と、ふと思った。

一つは中学時代にある。部活動での顧問との騒動。
もう一つは、親族付き合いの中。
この彼方と此方での出来事がきっかけにあると思っている。
他人を信頼できなくなったのは、中学で形成された自己にあるのでは、と。


中2の時に囲碁将棋部に入った。
元々、将棋が好きだったのはあるが、「ヒカルの碁」の影響で囲碁をやりたくなったのがきっかけ。ヒカルの碁のアニメ版第一話を見てやりたくなって、オヤジにオセロ番を用いて勝負を挑んで、次の週には碁盤と碁石を買ってもらって、その翌日に入部したように思う。
自分で言うのも何だけど、めきめきと強くなった。おかげで、大阪大会の団体戦メンバーに選んでもらえて何とか銅メダルをもらった。そこから、毎週、大阪某所で行われていた勉強会に誘われたて参加することになった。
私個人がすごい楽しかったから、続けていた。webの碁会所として、いちご棋院や、囲碁きっずなんかで対局することを楽しんでいた。

※※※懐かしくて、久々に見てみたら、いちご棋院は閉鎖していた。囲碁きっずはQ位認定という制度があって、その認定員さんがだいぶと減っていた。一時期、この認定員に本気でなろうと思って動いていた時期があったな・・・。あと、いちご棋院の管理人さんが「いちご大福」という方で、何度かチャットをしたことがあるのが懐かしい。

ただ単に楽しいから続けていた。
しかし、ある時から飽きがきた。義務(詰碁を解く宿題)が出始めた頃からだったと思う。それまで楽しかったものがすべて崩れていった。一気に冷め切った。勉強会に通うこと自体が苦痛になった。当時の自分はそれを拒否する自信もなく、鬱憤がたまっていった。
最終的にすべてを捨て去った。
つまり、部活動に一切参加しなくなった。当時、部活に強制参加の命がくだったこともあって、嫌になった。囲碁きっずもログインしなくなった。顧問からの呼び出しも無視した。最終的に、先輩が直接やってきて、「来い」と言っていると言われた。もうさすがに拒否できないと思って、渋々行った。そして、なぜか叱られて、退部届を書くか、参加するのか、を迫られた。別に楽しいだけを享受したかった私は涙ながらに退部届を出した。


★★★


自分勝手なのだろうが。
自分の「楽しい」を奪ってしまった「大人」に対しての信頼をすべて失ったのは、この時だったと思う。それまで人を信じる/信じないみたいなことはいっさい考えたことがなかった。むしろ、すべて周りの言うことを信用しきっていた。
勉強会参加の際にも、「楽しいから」と聞いていた。それを信じきっていた。
しかし、義務が増えていくに従って、そこで楽しむことができなくなっていた。楽しいを奪われてしまった、と当時は思っていた。この原体験が中学3年の時。

そして、もう一つ、同じ時期にあった出来事も「大人」への信頼を失うことに繋がる。

それは、いちご棋院で出会った一つ年上の女の子と「付き合う」ことになった私。「彼氏・彼女」と呼んで、プレゼント交換なんかをしたり、手紙のやりとりをしたり、電話をしたり・・・といったお付き合いをしていた。ちょうど夏あたりから付き合い始めた。
そして、正月。オヤジには兄弟が多く、親族も多い。その親族が集まる会が催されるのが毎年の正月だった。個人的には、すごく親族が嫌いだった。

うるさいだけで、声が大きい方が優れている。
年上の方がえらい。
そのような価値観の持ち主ばかりであることがもう嫌だった。

その親族付き合いで、今でも覚えている傷ついた体験。小学生時代「どうぶつ奇想天外!」という番組が大好きで、毎週のように見ていた。親族の集まりにおいても見ていたのだけど、同じ時間帯に「めちゃいけ」もしていた。で、本気で見るわけでもないのに、途中で割り込んできて「めちゃいけ」のチャンネルに合わせた親族がいた。チャンネルを合わせたくせに、また会話に戻って、ときどきチラチラテレビを見る程度。その態度に、もうそこにいることが嫌になった自分がいた。これ以来、ずっとずっと親族というものが大嫌いだった。

そういう親族付き合いの中で、自分がネット上で知り合った子とお付き合いをしていることを咎められた。何を説明しても、いっさい通じない。苦痛の時間だった。当時、「出会い系サイト」の問題があって、信頼されていなかったのだと思う。
しかし、こっちはすごい本気だった。「好き」というのが何者なのか、わかっていたわけではないが、「好き」と思っていた。
それを個人の価値観だけで全否定してくる姿勢にすごいイライラした。最終的にもう、どうでもよくなった。最悪のお正月だった。それ以来、もう会うことをすべて拒否することにしたくらい傷ついていた。それ以来、親族には会っていない。



★★★

その二つの体験が自己形成に繋がったと思う。

そして、もう一つ、高校時代の経験。7年前の話。
高3の時。教室で放火騒ぎがあった。
そこに巻き込まれたことがある。
あまり語りたくないが、そこで遭遇した「大人」というのが、「面倒臭いから、お前が認めたらすべて終わる」という態度ばかりだった。「先生」というものにただでさえ失望(中3以来)していた私には、その件で本当に「人」を信じれなくなった。


そういうわけで、他人を一切、信頼できなくなった。人はしょせん利己的な生き物である、と。他人の優しさを、完璧に信頼しきっていない。絶対に裏があると、彼方にとっての利益に繋がるだけで、自分の足元が掬われると常に疑ってしまう。
同じコミュニティーに属していればいるほど、逆に信頼しきれない自己がいる。

そして何よりも。自分自身が利己的にしか生きていないから。皆も同じように利己的だと思っている節がある。他者を信じない私自身を、信用していない。その段階にまで思考が行き着くと、もうすべてが嫌になる。投げ出したくなる。



かといって、どうすれば他者を信頼できるのかも、わからない。
思考回路が、常に「疑い」にしか向かない。
この「疑い」に向かない時点で、その人は「親しい」となる。

その「親しい」と思える人間は、5人しかいない。

その5人以外を、友人と称してよいのか、よくわからない。
形式だけで親しいのに、なぜ友人と呼べるのか。
そこをすごく考えてしまう。
「友人」とそれ以外の区切りってのは、どこで生じるのだろうか。
信頼という点であれば、友人なんて2人。無条件に信じられる。

けど、些細な出来事で人を信じれなくなってしまう。
そして、それが鬱の原因になっている。

いったい、どうすれば、苦しまないのか。
悩みながら毎日を過ごしている。