たけちゅさん宅

たけちゅが思ったこと、したこと、つれづれなるままに

自己否定の延長線。

自分がもっと天才だったら、て思う瞬間。

論文として、やったことをまとめていると、そういう瞬間が積み重なっていく。Material and Method、Resultなんてのは事実を淡々と書くだけだから、別に何も考えなくても、キータッチを進めるだけ。けど、Discussionの段階で、あーでもない、こーでもない、といろいろ考えながら打っていると、結局、Resultのsketchになっているか、"Really?"に対しての返答でYesと言えなくなる。

たぶん天才だったら、いともたやすくホイホイと乗り越えていくんだろうな。

と、常々思う。
妥協して、Result and Discussionとまとめて体よくdiscussしないという方法論もあって、巷にはあふれている。けど、それだけは嫌。

「妥当性」を議論するのに、他の論文ではーですよ。それと同じ傾向ですよ。というところさえ書けたら、話は簡単なんだけど。そうもいかないから悩ましいわけで。

いったい、どうしたら、妥当性が与えられるのか。

よくわからない。

他の論文で全然示されていなさすぎて、妥当性をどう議論すべきかわからなくなってきた。