たけちゅさん宅

たけちゅが思ったこと、したこと、つれづれなるままに

そういう星の下で。

いろんなとこでリーダー的なポジションに着いてきた、いやいる(現在完了・継続用法)。
しかし、自分にはリーダーシップなんて微塵もないと思っている。

なぜなら、人選をしているから。興味のない人間と接することが苦痛でしょうがない。好き嫌いは相当激しい。ただ、それは過去形。
最近は、もっとひどく、興味をもっている人でも、つまらない話に対しては愛想笑いをすることができなくなった。ただ単に「ふーん」で終わってしまう。別に何でもいいんだけど、その後に必死にいろんな話をふられるのが至極、面倒くさい。しかも、たいてい似たり寄ったりの話で、まったく異なる話を投下できない。たぶん、愛想笑いの一つでもすれば、どうにかなるのだろう。ちょっと前まではそれができていた。けど、その行為すらも無理。やり方を忘れてしまった。頬の筋肉がぴくりとも動かない。
擬似笑顔はできるのだけど、作り物すぎて、逆に「ぜったい笑ってないやん」とツッコまれることがあった。おもしろくないよ、と言った。気分が悪くなるそうだ。
逆に「おまえがおもしろい話しろよ」と言われることがある。相手の価値観で「おもしろい」と思う話をされて、それに「おもしろくない」と判断したのが私の価値観で、そこが相違しているのだから、結局、私の価値観で「おもしろい」と判断する話は、相手にはおもしろくないのは当然じゃないの。

そういう経緯を経た今。そもそも、「ふーん」で終わった瞬間に、その人への興味を失ったのではないか、と思う。接することがなくなって、どんどん削がれていくわけで。そこで立ち返ると、自分の周りの人間は一気にステージが抜け落ちるのです。奈落の底へ、数多の通行人と同じ段階に落ちていくわけです。

そんな奴にリーダーシップなんて当然ない、というのが帰結。
周りの人間を引っ張っていくことがLeader、つまりLeadする人だと思っている。
さすれば、Leadしているのではなく、単に振り切ってしまっている。それも、集団のベクトルとはまったく違う向き。自分の価値観で「おもしろい」と思う方向に進んでいる。



しかし、自己ベクトルについては、その大きさ、専門的に言えばノルム、端的に言えば期間が、人よりもほんの少し長い。だから、人よりも知っていることがほんの少し大きい、はず。その程度でリーダーに選出されてしまうようなコミュニティーしか、どうやらないらしい。あと、上長のいる立場でのリーダー。どういう場でも、なんか思うことを言ってしまう性で、そこが単に評価されてしまっているのかとも思っている。

一方で、そういうコミュニティー外では別にリーダーなんか任されない。即席の場や友人間で。そもそも私は別にコミュニティー全体のベクトルを決定する気が微塵もない。別にいろんなベクトルがあって、それを束ねなくてもいいんじゃないの?と思っている。そして、自分のベクトルを打ち消すベクトル場においては即座に離れていく。そうでもなければ、「べつに(なんでもいい〉」というのが個人の意見。

簡単に言えば、何かを決める勇気がないだけである。

しかし、人が下した決定はそれはそれでいい。そのとおりに動けばいいと思う。別にコミュニティー全体で動く必要性なんてのは皆無だろう。しかし、全体で動こうという思想がこの国には蔓延っている。そもそも人類という最弱の生物は群れでしか生き残れないという生存戦略の結果か。この国に関してはその傾向が顕著なのは、島国で小さいくせに、隣に大国が控えていることから、群れることでしか生き残れなかったのだと思っている。しかし、今更、そんな古臭いことを言って生きるのも、どうかと思うわけです。ベクトルの異なる人間のグループ行動って、もう一昔前の思想。

その上で、自分の下した決定に対して、人の下した決定が相違した時に、いちいち議論するのが面倒極まりない。それぞれで別々にやったらいいじゃん、と。個々人で処理できるだけのリソースはこの社会には存在している、というのが個人的な意見。

他者をLeadしよう、という気持ちはこれっぽっちもない。
海外のEliteにある「らしさ」の一つが、このLead能だと思う。本当にLeader適正のある人間は、このLead能を有していると思っている。



そういうLead能がないくせに、選ばれてしまうのはそういう星の下で生まれたからなのか。
しかし、本陣の椅子から見える景色は、一兵卒の景色とはまた違って、そこが「未知への挑戦」が好きな自分には実は適しているのかもしれない、とも思う。
それに、単純に楽しそうだからやるだけ。だから、別にLead能を鍛えようなんて気はサラサラない。あと、楽しくなかったら即座にやめたいまである。別にグループの命運がどうなろうと、私個人なんてそこだけが唯一の世界ではないのだから、どうだっていい。「エデンの園」への回帰が目的でコミュニティーに属しているわけではない。

スティーブジョブスの件のスピーチ(@スタンフォード大)で、「他人の人生を生きるな」という点だけは今振り返れば、その通りに生きてきたように思う。