たけちゅさん宅

たけちゅが思ったこと、したこと、つれづれなるままに

目に入ることを、雑感する。

隣の席の。

隣の席には留学生さんがいる。横で見ていて思うことは、天才。
同じ研究室で卒業された人に、秀才型の人もいた。果てしなく努力をして、果てしなく優秀だった。けど、先の留学生さんは努力というより天才という形容の方が合っている。
ゴールに対して最短で進むことができる、という意味で天才。先が見えるって、こういうことを言うのだろう。。。

そして、そんな天才さんのチューターを努めていたのだが、研究室内での振る舞い方なんかでよくわからず、うまくチューターをできなかったことが内省点としてある。その起因となる部分で、僕自身がこの環境を嫌悪していた時期と、このチューターの時期が被ってしまったことも問題だった。

けど、留学することの何たるか、はたくさん学ばさせてもらった。
その結果、思うことは日本に留学に来るのはやめたほうがいい。
才の無駄遣いになる。。。

才の有無。

成績が良い/悪いは、一つの才の結果かもしれないが。
「天才」「秀才」という意味における「才」は、必ずしも学業成績には寄らないと思っている。
その「才」を推し量る方法として、最近気づいたことがある。
これは理系研究の場で言えることなのかもしれないが。

質問の仕方

これでだいたいわかるのではないか、と思っている。
そして、その部分で僕自身には才がない、と強く思ってしまう。
どうしたら質問ができるのか、それがわからない。だからといって、プレゼン練習の場で出てくるようなやりとりや、枝葉のやりとりに終始してしまったところで意味がない。。。

なので、才がない自分が心がけているのは、自分の中で引っかかるキーワードがなければ、傍観するに留めることである。キーワードが出たら、そこでの質疑が目先の利益に繋がればいいかな、と考えている。

無才だけど。だから。

関わることの多くでは、リーダー的ポジションに着くことが多い。
のめり込むとどんどんする代わりに、気乗りしなかったら徹底的にしなくなる人間だからかもしれない。だけど、自分にはそのような才はないわけである。

人を惹きつける力なんてない。そもそも惹きつけたくもない。一匹狼的に人生を謳歌したいから、という気分屋だから。自分にはそっちのほうが合っていそうだから。

人を先導していく気も毛頭ない。そもそも、やりたいようにやればいいじゃないか、と考えているから。先頭きって何かをするのなんてまっぴらごめんだ。各自がやりたいようにやればいいと思っている。その逆に、やりたくないことはやらないでいいと思う。
そうすると、「誰もやらなくなったら・・・」と反論がたいてい入る。
けど、そうなったら、その事象自体が問題あるのではないか、と考えた方がいいと思っている。それに、そうならないように社会がうまく回っているのだから、それでいいじゃないか、と思う。
と、こんな先陣を切らない人間がリーダーなんか務まらないわけ。

あんまり人の上に立とうとも思わない。
逆に上に立ってほしいわけでもないんだけど。
けど、上に立つことが義務化されたら、それはそれで何とか孤軍奮闘するんですけどね。