たけちゅさん宅

たけちゅが思ったこと、したこと、つれづれなるままに

休学することについて。

担当教官と話した。

 

一年間、休学しようかと思っている件。

ネックは「年齢」だった、就活的な問題で。けど、年齢でrejectされるような企業さんには、端からrejectされたから、問題ではなくなった。

何かしら働いてみて、東南アジアなどに行きたい。たぶん、ニートだからこそ見える景色があると思う。5月末までに決める。学生の身分での旅行って、明日の身が保障されているけど、明日の身が保障されていない環境下で、もがきたい。まー、休学なんで復学したらいいじゃんってことで、保障されているっちゃされているけど。退学するリスクをとるのは怖い、臆病だから。

 

担当教官に聞かれたコトが2つ。

 

・学んできた「化学」について捨てることの本気度

俺がイメージしてきた「化学」とのギャップが大きいから、って話。

「化学」ってのは幅広いってイメージだったけど、それは産業として広いだけで、個人として広いわけではない点。それと、個人として独立してやっていけない分野だから、会社が沈む時には一緒に沈む運命にある点がリスクとしてデカイと感じる。たとえ他社に拾われても、化学の技術者ってのは普遍性が低いってところが引っかかている。個人として生きていく力が欲しいので、いろいろ違う。

 

・自分を貶めなくていいよ、って話

周りとつるまないところが長所になる、と評された。けど、俺からすると、そこは基本的に評価されにくい、と考えている。日本が狭い国土と貧しい資源の中で発展するのに、つるむことを大切にしてきたから。「和」というやつ。

けど、そのつるむってところに、なあなあ、で済ませる甘えがある点が個人的に無理。「全員ですることに価値がある」みたいな考えが嫌い。100の仕事をするのに、1人が10の仕事をこなして10人集まれば100になる。けど、1人の人間ができる量って10ではない。50くらいできるんだよ。ってことは、40が無駄なわけ。それが許せないんよね。

大掃除とか、正直、数人でこなす方が効率的にこなせると思うんだよね。それを「全員ですることに~」って標榜して、大勢でやる。すると、別の誰かがやると考えて、サボり出すんよね。本当なら50できるのに10しかやらない人間が生まれる。それが10人集まれば100になるじゃん、と。

一つとして、そういう妥協が許せない。

それに合わせて「全員でやらないといけないから」ってことで拘束してくるのが無理。50出せる奴が2人いるのなら、それで十分。それなら、俺は俺の生きるフィールドに行くって考える。それが、サボり、だと評されるかもしれない。しかし、俺からすれば、50出せるのに10しかしないで済ませるほうがサボりなわけ。屁理屈だと言われるかもしれない。けど、「全員でやることが正しい」みたいな論理も屁理屈。たとえ慣習であっても、慣習=正しい、とか絶対に思わない。

そういう風に考えているから、つるむことで自分が生きるのであればイイ。そうでないなら、つるむのは無理だと考えるわけ。我慢とかしない、状況を変えていくから、移動なり変革を起こすなりして。

こういう考えが、「つるむことを是とする組織」では受け入れてもらえないんだろうな、ってのがある。少なからず、外部から見る限り、大半の企業さんは「つるむことを是」としている。

あと、こういう考え持った異分子を入れようとはしないよね、って話。

 

だけど、それでもOKなところがあるはずだ、と教官に言われた。

しかし、そのOKな環境を探し出すのにもう少し時間をかけていくって話。

 

あと、自分の描く像に対して不適合であるときに、甘んじて受け入れるのが求められるのが組織なのはわかってる。けど、それしたら俺は間違いなく潰れるのがわかってる。だから、潰れるくらいなら、別の道を模索するわけです。

 

別に自己を卑下しているわけではない。

ただ、俺の論理が正しいことが証明された時に、社会が破綻する。その時に、個人として生き延びる力が欲しいわけです。今まで、自分の選択で間違ったコトは一切ない。