たけちゅさん宅

たけちゅが思ったこと、したこと、つれづれなるままに

就活自殺する若者について、失敗者が綴る。

笑顔で盛り上がった。だけど、拒まれた。あの笑顔は何?

強く否定された。ストレス耐性を試す試練だとわかっている。我慢して面接進めるか、反発して自分を守るか。反射的に噛みついた。その後に「君は向いていない」と否定される。しょせん個人の意見、それを社会全体の意見のように伝えてくる。

ずっと興味なさそう。必死に語ることが馬鹿らしい。内容の問題なの?話し方の問題なの?いったい何なのか、自分の意見を一切語ってくれず、ただ聞かれて、うなずく。顔に見える「おもしろくない」の言葉。どこが悪いのか、教えることもなく打ち切ってくる。

発想はおもしろい、けど使えないよね。そこで働いていない人間にアイデアを求めておいて、それはないですよね?何のための事前課題ですか?と噛みついた。その人の軽い一言なのかもしれないけど、その一言の深堀で終わった後に「君のことがよくわからなかった」と。いや、わかるだろ、噛みつく人間だって。

みん就」を見る。通過連絡の報告と、連絡のない私。仲間がいそうだからと、「2ch」を見る。傷の舐めあいでも何でもいい、自分と同じ境遇だったら。「決まらなかったら一生、底辺だろ」という便所の落書き。気にしない、誰が書いたかわからないから。そうぼやく。けど、その夜はずっと寝れない、自分の寝床が奈落の底に思えて。

 

強がってみても、否定をされ続ける事実。地図を見ても方向がわからず迷う。朝から起きるのがつらい。なんだか枕に抜け毛が増えた。人と話すのが億劫になるけど、言葉として綴る、相手が目の前にいるわけじゃないから。

 

その日々の果てに、紐を握って真っ暗な天井を見上げた。信号待ち、向こうから走ってくる車が鼻先をかすめる、どうやら飛び出していた。春先の冷たい風呂場、カミソリでヒゲを剃っている、腕の血管のことしか考えていない。

 

以上、すべてノンフィクション。

 

どうやら統計の結果としても自殺理由の「就活」は高いらしい。

 

さて、そこについて自分が思うコト、生産性ないコト。

 

便所の落書き、への同意。

『大学を卒業して就職してません、30までバイトだけしてました』という人がいたとして、それをどう評価するか。「何か問題があるのじゃないの?」となるんじゃないだろうか。それが、便所の落書きの「決まらなかったら、一生、底辺だろ」に繋がるのだろう。

 

働くのが当然という風潮への反発。

三年寝太郎という民話がある。三年間寝続けて揶揄されていたけど、起きたら働き始めた。この働き出したって部分だけがクローズアップされているのが現代日本じゃないだろうか。

特に「大学を卒業しといて、三年寝るな、働け」という話。

時折見るのが「努力が足りない、社会ではもっとつらいことがある」という励まし。まさに、その「三年寝るな」の部分だけど、それは違うと思う。日本の新卒採用数の合計ってどう見ても、学生数より少ないんだから。

一方で「大学出たんだから、その努力認めて、正社員の働き口用意しろ」っていう言葉。よく甘えだとか言われる。ハッキリ、「日本にお前らは要らない」と言えばいいんだ。だって墓が増えていく、一方で機械化で人手が不要だから。

 

うるさい、だまれ、という反発。

内定がゴールじゃない、と言う。だけど、就職活動開始の時期で揉める時点で、内定を出すタイミングがゴールだという考えがあるからもめるんじゃないの?と。そして、一度働き始めたら、簡単にはクビにされない時点で「内定」がある種のゴールであると思う。そこへ今、就職活動している立場にない人間が口を出すな、という意識が少なからず失敗者には気持ちとしてあるんじゃないだろうか。

学校の先生に「勉強しろ」と言われ続けて反発するみたいなもの。

 

収入あるんならだまっとけ、という怒り。

所属しているところじゃない、能力が問われる時代が来る。

ハイハイ、来月くるんですか?それ、おいしいの?と言う思考になる。なぜなら、来年から何したらいいのか、わからんのに、10年後とかの社会全体なんて考える余裕がない。考えたところで、それを評価してくれる組織なんかないから。

 

 

 

そんなわけで、就活自殺者を擁護してみた。まさに自分を守ってみたいから。

けど、失敗した私が感じていること。

 

周りの期待に、反発してやればいいじゃん!

 

知人・友人が有名企業に入りました。確かに自慢気に語るだろうね。けど、その会社ってそいつの力で見つけたわけじゃない。結局、最後まで「自分の力」で動いたわけじゃないんだよ。

まー、給料はいいだろうし、それで幸せな人生は確定している。そんな幸せ求めてるんなら、こっそり首を吊ればいい。普通の幸せを手に入れるには、普通の幸せを与えてくれる人に認めてもらわないとダメなんだから。大好きな人と一緒になりたいなら、その人に告白してOKもらわないといけないのと同じ論理。

 

化学を学んだ人間だから、研究者か技術者で安定した何かを掴んでもらいたい、と思われていたんだろう。腐っても、地方の中堅国立大の院まで進学したから。

けど、俺は普通の幸せが何なのか?とか、結婚の価値に疑問感じたりで、ふつうじゃなかったわけ。正直、ふつうに内定出ない奴って、ふつうじゃないタイミングが間違いなくあって、そこが会社とのミスマッチに繋がっているのが100%間違いない。

そういう自分を隠しきって、安定した幸せでいいやと自分をごまかして、就職する道もあった。本当に欲張らなかったら、あった。けど、そこで違うと感じたので、切った。周りの非内定者に、学内推薦の話とかしたら、いいな、と言われた。結構ガチで恨まれた。ほんと急にその人たちから笑顔が消えた。そういう、ある意味での期待には、反発してみた。

 

ま、周りの期待が、反発を許されないくらい重荷なのも事実。

特に、親。

企業でさ「新卒採用にお金つぎ込んでます」とか、のたまう馬鹿を時折見かけるけど。親はその子にそれ以上にお金をつぎ込んでいるし、気持ちのこもり方はお前らほどじゃないから。お前らのお金は、しょせん会社から与えられるお金だ。親が子にかけるのは、自分が汗水流して働いたお金だ。

で、そんな親に払われたんだから、という必要以上のプレッシャーは非常に大きい、と思う。あと、親世代との就労観のギャップがあって、説明したって納得されない。それは、スマフォの使い方を説明しても通じないコトに通じる。

たとえ期待していないと言っても、子からすれば勝手に期待そのものに妄想を膨らませるんだろう。

 

だけど、そこを吹っ切ることができないんだったら、その大切なに頭下げて、カノッサの屈辱でハインリヒ4世が見せた土下座ばりにがんばれば、たぶん親のコネなり何なりで働き口はあるだろうから。頭下げとけ。

それもできないちっぽけなプライドあるんなら、死んでも一緒だろう。それがお前の大切な親を一番悲しませることになるんだけどな。

 

ということで、周りに反発すればいいんだよ!

 

人に決められたレールの上を走るって。俺、電車なの?と。

機関車トー●スみたいな顔面つき電車なの?と。

そんなの気持ち悪くない?

会社入ったって、どっかから流れてきた仕事という名のレールの上を走って、周りはみんな顔面つき電車の世界で。

 

しかし、反発するだけでは生産性ゼロ。

だから、反発する分だけ動くって思わないといけない

まー、それまでのたくさんの希望を捨て去ることになるけど。捨ててみたらいいと思う、全部。別に底辺に行きついてからリセットすればいいんだし。

 

研究室から、-をして、とかいろいろあって。どれもこれも、就職をパッパッと決めた人のための設計なわけ。で、最終的に学内推薦なり何なり使ってしまえば、たやすく決まるから、そういう設計でも問題ないわけ。

で、そこにも反発して、俺は間違いなく除け者扱いされてるの。腫物を触る的な。

だけど、俺はそこを犠牲にしてでも、自分を大切にしたかった。一方で、研究室に尽くして、社会を見ることなく、自分の歩んだ道だけで就職していく人もいる。社会を見る時間を犠牲にしている。

組織論で言えば、俺は完全にダメ人間。けど、幸せになった同期は日本に240万もの会社があることを知らない。俺にとっては、何も知らない後者の方が不幸せなのよね。

 

すべてを求めることってできないから、何かを犠牲にしないといけないと思うんだよね。捨てるってやつ。中途半端になんでも大切にしたって、何も守れないんだから。たった一つでもいいから、それ以外をすべて捨て去っていいんじゃないか。

 

学内推薦の説明会行ってないから、使えないんだよね、俺。使うときには、間違いなくたくさんの教皇じゃなく人に土下座を大量にしないといけない。他に、研究室にだいぶと尽くして、教授推薦いただいて、(当初の)第一志望群の内定近づく方法だってあったわけで。そこでいろいろ捨てた。

 

けど、俺はその分で苦労することを覚悟して、犠牲にした。

正直、苦労背負う自分がカッコイイとか思わないとやっていけないくらいキツイ。

社会的に見たら、失敗者だろうなー、最底辺に落ちてるなー、とか思う。

 

 

でも、俺は俺なんだし、別にいいじゃん。

 

 

だから、自殺する人はその人なんだから、別にいいじゃん、に繋がるんだよね。

自殺した時に周りがぐだぐだ考えて、いろいろ発言する。けど、それがその自殺者の自殺の引き金なんだけど。

 

俺は俺。ジコチューで結構です。その代わり、苦労してますから。