たけちゅさん宅

たけちゅが思ったこと、したこと、つれづれなるままに

16歳の私と、24歳の私。

16歳の私

 「理系」に決めた。「化学」を学び、数年後には「大学院」に進学して、研究者か技術者で生きていく、どこかのタイミングで結婚して、適当な成果で昇進して、子供が生まれ、幸せな家庭を築いて、老後を迎えて・・・。「理系」に決めたタイミングの時点で、そういう歩みまでが既定路線、だと思われる。いや、思っていた。

 そんな私は間違いなく、恵まれていた私だった。

 

24歳の私

 16歳の私にあった理系イメージは「学会での研究発表」で。それを達成したと同時に、俺の生きていく世界ではないと感じた。

 理由の1つ目は、私が臆病だから。「論文を出す」時点が理系としての一つの終着点であり、私のイメージは通過点でしか過ぎなかった。けど、その通過点より先へ踏み出せない私がいた。「理系」として生きるというのは、このループを積み重ねていくことでキャリアを積む。ただ、これをひたすらこなす気はない。そこに楽しさを感じなかったから。そして、一度のループをしあげてから道を探すほどの才能はなかった。だから、既定路線から逃げた。

 そんな私は、臆病だから。

 理由の2つ目は、私は無能だから。「理系センス」にあふれた優秀な人を、学会で見てきた。例えば、人生をゲームに例えたら、スキルポイントがあって、それをどの能力にわりふるのか、を決めていく。経験値を積めば誰だって、スキルポイントが大量にあるわけだから、必然的に強い。けど、それはセンスの有無の問題ではない。そういう経験値だけの人がいるのも事実。ただ、それで生き残るのはラックの問題。ゲームでも強敵に出会って逃げ切れる方々。

 だけど、経験値が同じ、スキルポイントの割り振りが同じでも、「理系センス」にあふれている人は違う。話をしていても、努力(経験値を積む)は変わらないんだけど、結果が違う。センスの問題なんだろう、と。元の能力値が高いプレイヤーみたいなものだろう。さて、大学院進学=スキルポイントの問題であって、センスはいっさい問われない。だから、スキルポイントさえあれば、だれだって進学できる。そんな流れで進学できちゃったわけですが、センスがないことを痛感しました。

 つまり私は、無能なんです。

 

 そんなわけで、私は既定路線から外れた世界に生きていこうと思います。それは今は恵まれていない私なんだと思う。